尖閣諸島は石垣市!!!
尖閣諸島の領有権問題
杏林社会科学研究
第1 2 巻第3 号
1996年12月
尖閣諸島の領有権問題と中国の東シナ海戦略
http://www.oikawa42.com/sogo-seisaku/teacher/pdf02/12.3hiramatsu.pdf
平松茂雄
1996年7月わが国の領土である尖閣諸島・北小島に日本の政治団体が灯台を建
設したところから、中国と台湾が主権・領土の侵害であると抗議したことに続い
て、台湾、香港で抗議デモが起こり、政治活動家・報道関係者多数を乗せた船が
尖閣諸島海域に近付き、わが国の領海を繰り返し侵犯したばかりか、10月7日台
湾、香港、マカオの抗議団体が約45隻の漁船などで領海を侵犯し、魚釣島に上陸
して中華人民共和国と中華民国の国旗を掲げる事態が生じた。抗議デモは中国国
内、欧米にまで拡大した。こうした状況のなかで、同年10月4日日本政府の灯台
許可保留の決定により、事態はようやく沈静化した。同政治団体はそれ先の1989
年に尖閣諸島の主島である魚釣島に灯台を建設したことがある。その時も台湾、
香港、中国で抗議デモが起こり、1996年と同様に中国の強硬な抗議により日本政
府は許可を保留した歴史がある。
尖閣諸島はわが国の南西諸島西北端に位置し、行政的には現在沖縄県石垣市の
管轄下にある。魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島の5つの島、沖の北岩、
沖の南岩、飛瀬の3つの岩礁からなる島礁の総称である。総面積は約6.3平方キロ
メートル、山中湖を一回り小さくした大きさである。一番大きい魚釣島が3.6平方
キロメートルである。そのように東シナ海の真っ只中にある小さな島が何故国家
間の政治問題に発展するのか。灯台の建設はどのような意味を持っているのか。
1 北小島の灯台建設を巡る紛争
わが国政府が1996年6月20日に批准した国連海洋法条約が発効する直前の同年
7月14日、わが国の政治団体・日本青年社が尖閣諸島・北小島に灯台を建設した1)。
高さ5メートル、重さ210キログラム、耐蝕アルミ軽合金で作られ、太陽電池式
で約30キロメートル先まで光が届く本格的な灯台である。灯台は石垣島に居住す
る漁民に譲渡され、同月25日石垣海上保安部に、航路標識として許可申請が出さ
れた。許可申請の理由は、「当該海域における操業の目標として、また天候の急変
などの際、同島へ避難するための目標」と説明されている2)が、日本青年社の目
的は、この灯台が航路標識として日本政府によって認可されれば、日本ばかりで
なく世界各国の地図・海図などに記載され、国際的な認知をえられるところにあ
ると推定される。それは尖閣諸島に対する日本の実効支配を強化することになる。
同様に領有権を主張する中国、台湾が反対する理由はここにある。
灯台の建設に対して、中国外交部は7月18日の定例記者会見で、「釣魚島などの
島は古来から中国の固有の領土である。日本の一部の者が勝手に島に施設を建設
することは、中国の領土・主権に対する重大な侵犯であり、われわれは重大な関
心を持っている」と抗議し、「日本政府が直ちに有効な措置をとり、今回の事件に
よる良くない影響を排除する」ことを要求した3)。「有効な措置」の具体的な内容
については明らかにされなかったが、灯台の撤去を求めたと解釈された。続いて
7月24日には、「われわれは一貫して友好的な話し合いによって解決することを
主張しており、双方が自制の態度を保持し、一方がことを荒立てないことを希望
する」と述べて、交渉による解決を主張した4)。
灯台建設に強く反発したのは台湾であった。同月17日荘銘耀台湾駐日代表は日
本交流協会に対し、灯台建設に関して日本政府に厳重に抗議するとともに、「中華
民国が釣魚台列島に対して主権を有している」ことを伝え5)、梶山官房長官が「尖
閣諸島は日本の領土であり、所有者が灯台建設を許可したのであるならば、政府
が関与する余地はない」と説明したことに対して、翌18日抗議声明を発した6)。
22日には内政部が抗議を表明し,台北では民間団体が日本国旗を焼いて抗議した。
杏林社会科学研究
第1 2 巻第3 号
1996年12月
尖閣諸島の領有権問題と中国の東シナ海戦略
http://www.oikawa42.com/sogo-seisaku/teacher/pdf02/12.3hiramatsu.pdf
平松茂雄
1996年7月わが国の領土である尖閣諸島・北小島に日本の政治団体が灯台を建
設したところから、中国と台湾が主権・領土の侵害であると抗議したことに続い
て、台湾、香港で抗議デモが起こり、政治活動家・報道関係者多数を乗せた船が
尖閣諸島海域に近付き、わが国の領海を繰り返し侵犯したばかりか、10月7日台
湾、香港、マカオの抗議団体が約45隻の漁船などで領海を侵犯し、魚釣島に上陸
して中華人民共和国と中華民国の国旗を掲げる事態が生じた。抗議デモは中国国
内、欧米にまで拡大した。こうした状況のなかで、同年10月4日日本政府の灯台
許可保留の決定により、事態はようやく沈静化した。同政治団体はそれ先の1989
年に尖閣諸島の主島である魚釣島に灯台を建設したことがある。その時も台湾、
香港、中国で抗議デモが起こり、1996年と同様に中国の強硬な抗議により日本政
府は許可を保留した歴史がある。
尖閣諸島はわが国の南西諸島西北端に位置し、行政的には現在沖縄県石垣市の
管轄下にある。魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島の5つの島、沖の北岩、
沖の南岩、飛瀬の3つの岩礁からなる島礁の総称である。総面積は約6.3平方キロ
メートル、山中湖を一回り小さくした大きさである。一番大きい魚釣島が3.6平方
キロメートルである。そのように東シナ海の真っ只中にある小さな島が何故国家
間の政治問題に発展するのか。灯台の建設はどのような意味を持っているのか。
1 北小島の灯台建設を巡る紛争
わが国政府が1996年6月20日に批准した国連海洋法条約が発効する直前の同年
7月14日、わが国の政治団体・日本青年社が尖閣諸島・北小島に灯台を建設した1)。
高さ5メートル、重さ210キログラム、耐蝕アルミ軽合金で作られ、太陽電池式
で約30キロメートル先まで光が届く本格的な灯台である。灯台は石垣島に居住す
る漁民に譲渡され、同月25日石垣海上保安部に、航路標識として許可申請が出さ
れた。許可申請の理由は、「当該海域における操業の目標として、また天候の急変
などの際、同島へ避難するための目標」と説明されている2)が、日本青年社の目
的は、この灯台が航路標識として日本政府によって認可されれば、日本ばかりで
なく世界各国の地図・海図などに記載され、国際的な認知をえられるところにあ
ると推定される。それは尖閣諸島に対する日本の実効支配を強化することになる。
同様に領有権を主張する中国、台湾が反対する理由はここにある。
灯台の建設に対して、中国外交部は7月18日の定例記者会見で、「釣魚島などの
島は古来から中国の固有の領土である。日本の一部の者が勝手に島に施設を建設
することは、中国の領土・主権に対する重大な侵犯であり、われわれは重大な関
心を持っている」と抗議し、「日本政府が直ちに有効な措置をとり、今回の事件に
よる良くない影響を排除する」ことを要求した3)。「有効な措置」の具体的な内容
については明らかにされなかったが、灯台の撤去を求めたと解釈された。続いて
7月24日には、「われわれは一貫して友好的な話し合いによって解決することを
主張しており、双方が自制の態度を保持し、一方がことを荒立てないことを希望
する」と述べて、交渉による解決を主張した4)。
灯台建設に強く反発したのは台湾であった。同月17日荘銘耀台湾駐日代表は日
本交流協会に対し、灯台建設に関して日本政府に厳重に抗議するとともに、「中華
民国が釣魚台列島に対して主権を有している」ことを伝え5)、梶山官房長官が「尖
閣諸島は日本の領土であり、所有者が灯台建設を許可したのであるならば、政府
が関与する余地はない」と説明したことに対して、翌18日抗議声明を発した6)。
22日には内政部が抗議を表明し,台北では民間団体が日本国旗を焼いて抗議した。










Comments